『本当にチェルノブイリのツバメは奇形になったの?』レターを読んだ。

 以前、チェルノブイリとツバメの奇形についての論文を紹介しました。

 チェルノブイリとツバメの奇形についての論文を読んだ - 工作blog
チェルノブイリとツバメの奇形についての論文を読んだ感想 - 工作blog

 A.P Møllerさんという方の研究で、ものすごく大雑把に言うと『チェルノブイリのツバメは、ウクライナのきれいな地域に住んでるツバメに比べて奇形が多いよ。きっと放射能の影響で奇形が多いんだろう』という内容です。


PubMedを漁っていたところ、この論文に対する反論っぽいレターを見つけましたのでご紹介したいと思います。


Is Chernobyl radiation really causing negative individual and population-level effects on barn swallows?

無料で全文読めます。
やはり全文読めると紹介しやすいですね。
以下に内容を紹介します。

概要

 Møller氏らは『チェルノブイリのツバメは、ウクライナ非汚染地域や他のヨーロッパ非汚染地域に住んでるツバメに比べて奇形が多い。それは放射能の影響で奇形が多いためであると考えられる』と結論付けているが、私はMøller氏らが以下の二点を軽視しすぎていると思う。


 1.チェルノブイリ事故とそれに伴う土地放棄の影響
 2.放射線量測定と『チェルノブイリ』という調査地域のくくり方


具体的にどういうことなのかを以下に5点述べたい。

1.チェルノブイリ事故後、30km圏内は避難対象地区とされ土地、建物などすべてが放棄された。かつての農地はいまや荒れ地か森である。林業は中止され、密猟を除けばハンティングも厳密に制限されている。このような状況のため1989年からは大型哺乳類(オオジカ、イノシシ、オオカミ)や希少な鳥類(黒コウノトリ、ワシ)が30km圏内で個体数を増やしていることが判明している。反面、鳥類の個体数減少は人間の生活習慣と深くかかわっていることが報告されている。ツバメは人間と関わりが深く、その個体数が農業に影響されることがMøller氏によって報告されている。

2.Møller氏らは『ウクライナの農業衰退はチェルノブイリでも(比較に使った)非汚染地域でも同じだ』と述べているが、チェルノブイリの30km圏内が完全放棄されている以上、その周囲の農業慣行や野生生物の生態が、非汚染地域と同じであるとは到底いえない。

3.放射線量測定の結果が示されていない。たとえば『チェルノブイリ』と一口にいっても放射線量にはばらつきがあり、もっとも強い地域ともっとも弱い地域では約100倍の差がある。Møller氏らこれらを考慮せず『チェルノブイリ』とひとくくりにしているため、統計的処理に適さないのではないか。

4.また1991年から2006年の変異率を測ったとすると、その期間中に放射線量は二分の一に減衰していると考えられる。つまりチェルノブイリの最も汚染された地域では60μGy/hだった放射線量が30μGy/hに減衰し、最も汚染されていなかった地域では0.6μGy/hだった放射線量が0.3μGy/hに減衰したということだ。もし論文中に述べられているように変異率が放射線量に敏感に反応するのであれば、(『チェルノブイリ』のサンプリング地点間での違いのほうがより大きいと考えられるため)『チェルノブイリ』とひとくくりにするのは不適ではないか。

5.サンプリングを行った具体的な地域がほとんど公開されていない。さらに1991年〜2004年の調査でチェルノブイリのサンプリング場所が変わっているので経時的な比較ができない。たとえば1996年にサンプリングを行ったチェルノブイリの6地点は、2000年から2004年の間には再サンプリングされていない。


以上のことから、『放射線が鳥類に悪影響を及ぼした』と早急に結論付けることはできないと考えられる。ただ『ヒトが土地を放棄するとツバメに影響がある』ということはかなり確からしいと考えられる。
 今後も研究は継続されるべきだが、より強固な証拠に基づいた検証がなされるべきである。


以上が概要です。

感想

 『フィールド調査は難しそうだ』というのが正直なところです。
 僕のような(元)実験屋から見ると、5で指摘されているサンプリングの変更はデータ改ざんといってもいいくらい重要なことだと思いますが、フィールド調査だとツバメが捕まらなかったり、調査に行く予算がなかったりしたのかな、という気がしないでもないです。
 チェルノブイリで奇形が誘発されているかはまだまだ議論の余地があると思いますが、逆にこれは『チェルノブイリは誰が見ても明らかに奇形が増えている状態』ではないということをしめしているようにも思えます。

>magさん
コメントをありがとうございます。今回、コメント中にありました『Developmental Instability of Plants and Radiation from Chernobyl (1998)』を紹介させていただこうかとも考えましたが、無料全文公開されていなかったので断念いたしました。大学を離れると論文一つ手に入れるのも手間がかかって悲しいです。

チェルノブイリでマウスを育てたら奇形になるの? - 工作blog