チェルノブイリでマウスを育てたら奇形になるの?

 当ブログではこれまでチェルノブイリと奇形についての記事をいくつか書いてきました。
 
チェルノブイリとツバメの奇形についての論文を読んだ感想 - 工作blog

チェルノブイリ原発と植物の奇形に関する論文を読んだ - 工作blog

 紹介させていただいたこれらの記事は野生生物を対象としたフィールド調査であり、元実験生物屋の僕としてはあまりぴんときませんでした。

 フィールド調査ももちろん大切なのですが、元実験生物屋の僕から見るとチェルノブイリで奇形が発生するかどうかは、実験生物を使ってもっと厳密に比較したほうが手っ取り早いのではないかと感じました。
 そう思って文献を漁っていたところ、よさそうな記事を見つけました。
http://www.americanscientist.org/issues/feature/growing-up-with-chernobyl

http://www.groenerekenkamer.com/grkfiles/images/Chesser%20Baker%2006%20Chernobyl.pdf 全文のPDF 

特に以下の部分(Fig.5)が気になりました。

*1

Figure 5. Mice brought into the Red Forest from uncontaminated regions serve as experimental models to ascertain the effects of a radioactive environment. The animals are exposed to radioactive particles, primarily cesium-137 and strontium-90 (purple and yellow dots), in the contaminated forest from internal and external sources. Some of the ionizing radiation (gamma rays and beta particles) is not absorbed by the animal, and some of the particles are excreted. Each mouse wears a collar (photograph), which contains dosimeters that absorb radiation at the same rate as soft biological tissues. The collar provides an accurate measure of the radiation dose the animal receives from outside sources. Such experiments reveal that the mice appear unaffected by the residual radiation in the Chernobyl environment.

(訳)図5 放射線が存在する環境下で生物にどのような影響が出るのかを調査するため、実験モデルとしてマウスを非汚染地域から『赤い森』(チェルノブイリ放射能汚染地域)につれていった。連れて行ったマウスは『赤い森』の中に置かれることでセシウム137とストロンチウム90(紫色と黄色の点で表示)にさらされ、内部からも外部からも被曝した。ガンマ線ベータ線といった一部の電離放射線は動物に吸収されることなく、また一部の放射能は排泄された。マウスはそれぞれ、動物の柔組織と同じように放射線を吸収する線量計を搭載した『首輪』をつけている(写真)。この首輪はマウスがどれだけ外部からの放射線に曝されたかを正確に計測するものである。この実験から明らかになったことは、マウスがチェルノブイリの残存放射能にまったく影響されないということであった。

 どうやらチェルノブイリにマウスを連れて行って、マウスに奇形やそのほかの異常が見られないか観察したようです。
 残念ながら、この記事自体が回顧録みたいな記事なので詳しい実験条件が載っていません。なのでなんともいえないのですが、どうやら実験動物をチェルノブイリに連れて行って正常な個体群と比較しても奇形や異常は出ないようです。ちゃんと(?)マウスは内部被曝外部被曝もしているはずなのにです。
 他にもこの著者は、遺伝子に突然変異が起こると青色の蛍光を発する遺伝子組換マウス(Big Blue 遺伝子組換マウス)を連れて行って実験したり、汚染地域と非汚染地域の動物を比較したりしたようですが、結局違いはでなかったようです。

 この記事を読む限り、チェルノブイリ放射能による奇形発生率上昇を証明するのは難しそうに感じました。
 個人的にはシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana シロイヌナズナ - Wikipedia)のようなモデル植物で同じような実験をしてもらいたいところです。

 ちなみにこの記事の著者は、『チェルノブイリのハタネズミに突然変異率の上昇が見られる』という論文を1996年にNature誌に投稿しているのですが、その後の追試で
その結果が間違いだったことが分かったため、自らその論文を撤回したようです*2。せっかくNature誌に載ったのに自ら撤回するとは、恐るべき真摯さだと思います。『どうせそのうちチェルノブイリで突然変異率の上昇が証明されるから、撤回する必要ないんじゃない?』みたいな意見も『今後の実験にバイアスが出るから撤回すべきだ』といってはねのけたみたいです。う〜ん。見上げた科学者魂です。科学者かくあるべし。

 そのせいかは知りませんが、『チェルノブイリとツバメの奇形についての論文を読んだ - 工作blog』の著者を批判しています。*3
 まあ分からなくもないです。

 なお記事中の『教訓』がとても格好良いのでそこだけはメモ代わりに書いておきます。

 教訓1:美しい理論はしばしば醜い事実によってくつがえされる
 教訓2:真の進歩には方向転換も必要
 教訓3:歴史を忘れるな
 教訓4:謙虚さを持つことは賢い行いである
 教訓5:科学者が従うべきもの『事実』
 教訓6:ものすごい結果を証明するには、ものすごい証拠がいる
 教訓7:すばらしいアイデアがすばらしい予算をつけてもらえるとは限らない
 教訓8:人気が凋落したり、不快な目にあうことを覚悟せよ

以上です。

*1:http://www.americanscientist.org/include/popup_fullImage.aspx?key=igioYVZOX7N7M9VCAjuUTuOm8IOPKgCE より転載

*2:間違いの原因は論文投稿当時のDNAシーケンシングを手動で行ったため。追試でオートメーション化したシーケンシングを行ったところ、コントロールと違いがないことが判明

*3:教訓 6『ものすごい結果を証明するには、ものすごい証拠がいる』 の部分