そういえば福島第一原発から海に流れた放射能はどうなったの?

【論文中のSupporting Informationより、福島沖の海流を示した図。赤い星印は福島原発の場所。赤い色になるほど海流が早い。○内の数字は本研究に出てくるサンプリング地点。引用元(PDF注意)*1


先日話をしていたところ『そういえば福島原発の事故のときに、放射能の入った冷却水を海に流してたよな?あれどうなった?』みたいな質問を受けたので、調べてみました。

時間のない人のために調べた結果から言うと以下の通りです。

1.福島原発から海に放出された放射能(セシウム137)は日本近海に2 PBq(2ペタベクレル)くらい残っているらしい。但しこれは海に放出された量(最小推定3.5 PBq〜最大推定22 PBq)の一部であるため、太平洋に流れていったものも随分多いのではないか。
2.日本の太平洋側には黒潮が流れており、放射能黒潮の南側には流れていっていないっぽい。
3.日本近海のプランクトンや魚を調べた結果、取り込まれているセシウム由来放射能は自然放射能の10-30%程度なので気にする必要ないんじゃないか。
4.仮に1000Bq/m^3の海中で水泳しても被爆量は0.01μSv/日以下なので気にする必要はないんじゃないか。

ではこの結論を得た論文を紹介したいと思います。


いつも通りPubMed先生*2に聞いたところ以下の論文が出てきました。
Fukushima-derived radionuclides in the ocean and biota off Japan | PNAS
『Fukushima-derived radionuclides in the ocean and biota off Japan』
(訳:日本沖の海中及び生物中に存在する福島原発由来の放射線核種について)

無料で全文読めます。
いい時代ですね。
しかも掲載雑誌は信頼と実績の米国科学アカデミー紀要PNASです。
無料公開とは太っ腹ですね。

では早速アブストラクト(要約)の全訳から。

アブストラク

2011年3月11日に起こった東北大震災と津波は、福島第一原子力発電所の事故を引き起こし、過去に前例のない規模で北西太平洋に放射能を放出した。本研究では2011年6月に行われた、日本近海沖の海面と海面下の放射能汚染および動物プランクトンと魚類の放射能汚染に関する国際的調査結果について示したい。調査の結果、福島原発から放出されたセシウム(134Csと137Cs)は30kmから600kmの沖合いまで広がっており、海岸付近の渦で最も放射線量が高くなることが分かった。また黒潮海流が放射能の移動を妨げており、南側の境界線となっていることも判明した。さらにセシウムは動物プランクトンや中深海の魚からも検出された。興味深いことに動物プランクトンからは放射性銀(110m Ag)も検出された。
 放射能の鉛直分布に関しては、150,000平方キロの海域で〜2ペタベクレルの137Csが存在すると試算された。私たちの出した結果は、ドリフター・データ*3と太平洋で汚染物質が急速に広まることを示す海洋学モデルで説明ができる。重要なことは今回のデータが、福島原発から放出された放射能の推定量*4と整合的な数値であるということである。なお、私たちはヒトと海の生物相に対する放射能のリスク評価にも取り組んだ。その結果、たしかに日本の沖合でセシウムの濃度は従来の10倍から1000倍に上昇しているものの、海棲生物やヒト(海産物を食べる人)に対して有害と考えられるレベルではないことが分かった。またセシウムからの放射線は自然放射線に比べても低いことが分かった。

内容

では次に論文中の図(計4つ)を見つつ内容を追っていきましょう。
より楽しめるように論文に出てくる各核種の半減期を書いておきます*5

セシウム134(134Cs):半減期2.07年
セシウム137(137Cs):半減期30.07年
放射性銀(110m Ag):半減期250日

ちなみに1960年代に行われた核実験のせいで、2011年以前の日本近海137Csの濃度は〜1-2 Bq/m^3だったそうです。134Csはすでに10半減期以上経過しているので事実上核実験当時のものはなくなっているようです。

では張り切って図表を見ていきましょう

本研究ではまず海中の放射能と採取したプランクトンや魚に含まれる放射能を計測しています。
海水とサンプルの採取地点ごとに各データをプロットした図がFig.1です。

Fig.1 セシウムと放射性銀の放射線量。画像が小さい場合は引用元をご覧ください*6

A)134Csの表層水中濃度。単位はBq/m^3。灰色がかかっている部分は黒潮です(本エントリ冒頭の図中にある赤い色の部分と一緒です)。福島原発に最も近いところではなく、南側によったところにもっとも134Cs由来放射線量が高い地点があることがわかります。また黒潮の南側には134Cs由来放射線がほとんど検出されていないこともわかります。

B)134Csの生物中濃度。乾重量1 kgあたりの数値(単位:Bq/kg)。こちらも岸から離れたところで高い数値が出ています。

C)放射性銀(110m Ag)の生物中濃度。乾重量1 kgあたりの数値(単位:Bq/kg)。こちらは大体原発に近いところが高い数値のようです。

次に本研究では海上GPS搭載のウキを浮かべて、そのウキがどのように流されていくかを計測しました。ウキの出発地点は先ほどの海水と生き物をサンプリングしたところです。放射能もウキと同じように海流に乗って流されていくはずですね。結果をまとめたのがFig.2です。

Fig.2 ウキの追跡データ

A)各ウキの軌跡。
B)沿岸のウキの動きがわかりやすいように拡大したところ。
沖のほうで離されたウキは、渦にとらえられたりしつつ、大体東に向かって流されています。ただ岸に近いところで離されたウキの一部は海岸にそってうろうろしていました。

つぎに各サンプリング地点での具体的な数値データをまとめた表がTable.1です。

Fukushima-derived radionuclides in the ocean and biota off Japan | PNAS
※うまく載せられないので引用元をご覧ください。PDFの3ページ目です。

各サンプリング地点で採取した生き物に含まれる各核種(137Cs,134Cs,110mAgおよび40K)の放射線量をまとめています。

最後に134Csが海中にどれほど沈んでいるかをまとめた表がFig.3です。

Fig.3 深度ごと(近海と沖合い)の134Cs放射線強度

灰色の実線が沖合いの134Cs放射線強度で灰色の丸が平均値。
黒色の破線が近海の134Cs放射線強度で黒色の丸が平均値。
沖合いよりも近海で134Cs放射線強度が高いですね。また深度が深くなるにつれて134Csは少なくなっていき、200mではほとんどなくなることがわかります。本論文によると核実験の行われた1960年代には、この海域でも1000m以深まで137Csが浸透したようなので、それに比べると今回はあまりセシウムが沈んでいっていないようです。

論文中の考察

各地点のセシウム134由来放射線強度(Fig.1)と各深度での放射線強度(Fig.3)がわかったので計算により日本近海(Fig.1 Aの点線で囲った部分)には2PBqのセシウム134があることがわかったようです。これは海中に放出されたセシウム定量(最小推定3.5 PBq〜最大推定22 PBq)の一部ですが、海流(Fig.2)があるため太平洋に流されたと考えるとつじつまが合うようです。

僕の感想

海は広いので原発から出た放射能も薄まったみたいですね。
海に放出された放射能の行方として、以下の2点が考えられます。
1.がっつり生物濃縮されて魚やプランクトンの中にとどまっている(それを僕たちが食べちゃう危険性あり)
2.海は広いし薄まっちゃうよ
どうやらプランクトンや魚などを調べても顕著な生物濃縮は今のところないみたいですし、今回は2の方みたいです。

『でもでもセシウムは実際に生き物の中からも見つかってるじゃないか!』という話もあるかもしれません。

ただ注目すべきは放射性カリウム(40K)の数値です。
Table.1を見ると『なんでいきなり放射性カリウムなの?今まで出てきてないじゃん。ってか数値高くない?』と思われるかもしれませんが、これが肝心なところです。
以前、当ブログでも紹介しましたが放射性カリウム(40K)は私たちの身体にもとから取り込まれている放射能です2011-03-30 - 工作blog。あなたの身体にもたぶん4000Bqくらい入っているはずです。
当然、海の生き物たちも放射性カリウムを取り込んでいます。それを食べる私たちは、福島の事故があろうがなかろうが、この放射性カリウムを取り込んで被爆し続けます。放射性カリウムによる内部被爆は、地球上に住む以上避けようのない問題だといえます。そして生物はこのカリウムによる被爆環境下で進化してきたので、影響はほぼないはずです。
 ではこの放射性カリウム被爆に比べて今回の事故で撒かれたセシウムや放射性銀はどれくらい影響があるのでしょうか。海の生物に取り込まれている放射能を測定すると、今回の原発事故由来の放射能は放射性カリウムを含む自然放射能のだいたい10-30%くらいのようなのです。正直、ほとんど(というかまったく)影響がないと考えられるレベルです。

今後『黒潮の南側で獲れた海産物だから安心』みたいなキャッチフレーズで魚や海草が売られるかもしれませんが、そもそも黒潮の北側でも放射能が大したことないので、気にする必要はないと思います。

ようは放射能とか気にせず、気楽にいこうということです。


関連エントリ:チェルノブイリでマウスを育てたら奇形になるの? - 工作blog
低線量被曝って危ないんじゃないの? - 工作blog
チェルノブイリ原発と植物の奇形に関する論文を読んだ - 工作blog
2012-01-04 - 工作blog

*1:http://www.pnas.org/content/suppl/2012/03/27/1120794109.DCSupplemental/pnas.201120794SI.pdf

*2:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/

*3:僕は専門家ではないので詳しくは分かりませんが、標識となるGPS搭載の浮きを流して海流を調べたデータのことのようです。

*4:[Stohl et al. (2011) Atmos Chem Phys Discuss 11:28319–28394; Bailly du Bois et al. (2011) J Environ Radioact, 10.1016/j.jenvrad.2011.11.015]

*5:本論文の冒頭に書いてあります

*6:http://www.pnas.org/content/109/16/5984/F1.expansion.html