『ランプ』

「やあ、何をしているんだい?」
啓太は、ろうそくの炎を見つめている裕樹に向かって話しかけた。
「ご覧の通り、炎を見つめているのさ。この炎が話し出さないかと思ってね。」


何事もないように裕樹は答えた。


「おいおい、どうしちまったんだ?火が話し出すわけがないだろう。それとも旅行先で変なクスリでもやったのか?」

啓太は海外旅行から帰ったばかりの友人の顔をうかがった。とくに変わった様子はない。

「クスリなんかやらないよ。かわりに、この炎をもらってはきたけどね。この炎は、旅先の古い教会のランプの火で、何でも二千年以上前からずっと消えることなく燃え続けてきたらしい。それをランプにともして持って帰ってきたんだよ。」

「よくランプなんか持って税関を通れたな。しかし、そのことと、火が話し出すことと何の関係があるんだ?まさか神の奇跡でも起こるっていうんじゃないよな。」

「まさか。神の奇跡なんて信じていないよ。ただこの生き物があんまり長く生きているものだから、話ぐらい出来ないかと思ってね。」


啓太はしげしげと友人の顔を見た。


「この炎が生き物だって?何を言っているんだ?そんなのただのろうそくの火だろう。生き物とは関係がない。」

「どうしてそんなことが言えるんだい?」


裕樹は不思議そうに啓太を見つめた。


「そもそも、火はただ燃えているだけで何もしていないだろ?生き物なら何かするはずじゃないか。」


傲然と啓太は言い放った。


「ああそうか。そうだね。この炎はあまり普通の生き物らしくはない。でも、この炎はさっきからちゃんと、ろうそくを食べているじゃないか。ほら、さっきよりろうそくが短くなってる。ろうそくを食べて、二酸化炭素を吐き出しているんだ。僕たち人間が呼吸をするのと同じだよ。たしかに炎はあちこち動き回ったりしないけど、それは植物も同じだからね。魚が水の中でしか生きられないように、炎はろうそくの上とかストーブの中とかでしか生きられない。ただそれだけのことだよ。」


啓太は鼻で笑った。


「ふん、屁理屈だな。生き物は何もないところからあっという間に生まれたりしない。どんな生き物だって親がいて、その親が子どもを生んで増えていくもんだ。料理を作るのとはわけが違う。」

「そうなのか。じゃあ、地球で一番初めの生き物はいったいどうやって生まれたんだろう?」

「そりゃあ、まあ大昔の海でいろいろな化学物質が寄り集まって、熱やなんかが作用して、バクテリアみたいなものが生まれたんだろう・・・」

「ほらみろ、親から生まれていない生き物がいるじゃないか。少なくとも一番初めの生き物は親から生まれたわけじゃない。今の時代にそれが起こっても不思議じゃないさ。言っちゃあ悪いがこの炎は単純さでいえばバクテリアにひけをとらないよ。」

「・・・でも、炎は子どもを生まないだろ。ただ単にゆらゆらゆれているだけで勝手に増えたりしないじゃないか。」


裕樹は困ったような顔をした。


「それは正しくないな。この炎をもらってくるときに、教会のランプから自分のランプに炎を移したんだ。教会のランプの炎はそのままだったから、僕のランプの炎は教会にあった炎の子どもだっていえないかな?炎はただゆれているだけかもしれないけど、それはただ子どもを生む環境にいないからからだよ。僕たちだってむやみに子どもを生まないだろ。山火事みたいに、環境さえ整えばあっという間に炎は繁殖するよ。まあ、山火事は体が大きくなっているだけかもしれないけど。」

「たしかにそうだが・・・。炎は水をかけられればあっという間に消えちまう。そんな弱いものが生き物といえるか?山火事だっていつかは収まるわけだし。」

「そうだね。だけど、空気がなかったら僕たちだってあっという間に死んじゃうだろ?青酸カリとか強い毒なら、たかだか数ミリグラムで死んでしまう。生き物は意外とデリケートなんだよ。炎にとっての水は、人間にとっての青酸カリみたいなものさ。それに、山火事は山の木を焼きながらどんどん燃え広がっていくだろ。それで木を燃やし尽くしたら消えてしまう。これって、石油とかの資源をどんどん使って繁栄してる僕たちと同じじゃないかな。まだ僕たちは燃やし尽くしていないから消えていないけどね。」

「うーん。けど、たしか本に『すべての生物は遺伝子としてDNAを持つ』って書いてあったぞ。炎にはDNAなんてない。それは生き物じゃないっていう証拠じゃないか?」

「そうだね。たしかにDNAなんていうものを炎は持ってない。だけど、ちょっと想像してみてほしい。ある日UFOが僕たちの目の前に降りてきて、中から宇宙人が出てきたとする。その宇宙人と僕たちは話ができるし、宇宙船をつくれるほどだから、宇宙人の科学技術はかなり進んでる。だけど調べてみるとその宇宙人はDNAを持っていないんだ。このとき僕たちはどう考えるだろう。その宇宙人は生き物じゃないって考えるかな。僕はたぶん違うと思う。きっと、単純にDNAをもっていない生き物だって考えるんじゃないかな。DNAを持っていなくても生き物は生き物だよ。」


しばらく、沈黙が流れた。あいかわらず裕樹は炎を見つめている。


「話し出すかもな。」

「うん、話し出すかもね。」


炎が少し揺らめいた。