『探偵』


 私はだれなんだって?

それは単純です。私は探偵。

頼まれてここにやってきました。

おっと、探偵といっても浮気調査だとか、行方不明者探しとかそんな泥臭いことはしません。知的労働専門です。わずかな証拠と緻密な論理を組み合わせて事件を解決に導く。それが私のポリシーでしてね。自分で言うのもなんですが、シャーロックホームズや明智小五郎を想像してもらえば私の実像とそう遠くないとおもいます。

 問題はそんなことじゃないでしょう?

ほら顔にそう書いてある。あなたが知りたいのは私がここにいる理由でしょう。
見知らぬ人間がここにいる理由を知りたい。図星でしょう?

じつはご主人から依頼を受けましてね。どうやらご主人、今夜、家人の一人を殺すという脅迫文を受け取ったそうなんですよ。

いえ、いいんですよ。どうせ皆さんに言う事になるんですから隠す必要なんてありません。というよりそのことを今言って回っている最中です。ちなみに奥さんが最後です。

ご主人はああいった過激な発言をなさる議員さんですからね。
みなさん脅迫状なんて当然だろってな感じです。今日はなかなか賑やかだ。『家人』の範囲を少々広げすぎたかもしれませんね。
ご主人のご兄弟、ご両親からいとこに至るまでことごとくこの山荘に集まっていただきました。

いい雰囲気でしょう?ええ、あなたがいらした時のようにみなさん昨日中にこっそりと集まっていただきました。エキストラと入れ替わりでね。はい、その通りです。現在ご自宅では屈強なエキストラが皆さんに扮して生活しています。私の推測では残念ながら脅迫状を出した犯人はかなり本気です。今夜中には必ずなんらかの行動をとるでしょう。その場合、自宅を襲撃する可能性が非常に高い。しかし、もし襲撃されても彼らなら逆に犯人を取り押さえられるはずです。

もちろん、犯人が事前に気がついてこちらを襲撃する可能性もある。だからこんな辺鄙な山荘に来ていただいたんです。ご主人もなんでこんな寒村に別荘なんか持ってらっしゃるんでしょうね。しかし、そのおかげでこうして雪に囲まれた天然の要塞に皆さんを集めることができたわけです。この積雪と吹雪では侵入は不可能です。

内部犯?たしかにその可能性もあります。しかし幸いなことにこの山荘は広い。部屋数も十分にあります。シャワー、トイレ、ミニキッチン。部屋もちょっとしたホテル並みだ。このあと皆さんには明日の朝まで各自の部屋に入っていただきます。ええ、奥さんはこの部屋です。お気づきかもしれませんがノブには仕掛けがしてあります。私の持つキーでロックすると明日の朝まで開きません。もちろん事前に部屋にはなんの仕掛けもないことを確認しています。はは、一度ロックしたら朝まで密室ってやつになるわけです。ミステリーと違って事件が起こりようのない密室ですが。

この部屋には今、奥さんと私の二人だけです。
それは保証します。この後、9時になったら私が各部屋を閉鎖して回ります。明日の朝まで奥さんは誰とも会うことはありません。朝まで何もなかったらそれでよし。万が一何かあった場合も犯人の特定は容易です。内部犯は全員を疑わなくてはいけませんからね。そんな顔をしないでください。ふふ、こんなことを言っては何ですが私は奥さんのことも少し疑っているんですよ。明日の朝まで何もなければいいんですがね。
それでは9時になったらロックしに来ますのでその時まではご自由になさってください。え、いまロックして良いんですか?まあ奥さんがそうおっしゃるなら構いませんが…。ええっと、鍵はどこにやったかな。



バンッ



突然明かりが消えた。

時間通り。

私は思い切りナイフを突き立てた。
なかなか鋭い探偵。

主人が頼んだにしては上出来だわ。


でもけっこう間抜けね。

戦場では指揮をとる将校が真っ先に殺されるのが当たり前じゃない。

あとはこの鍵で主人を殺せば完璧。