優秀な修士が新しいガムの味を開発しているという話

 僕は農学(生物学)系大学院生で就職活動中です。早いものでもう内定(内々定)が出ている人がいたりもします。僕はまだですが。
 で、あくまで実感でしかないのですが優秀な就職志望生物学修士の同期ほど、(僕から見て)どうでもいいような職に就いているような気がします。例えばガムの味の開発とか、ソフトドリンクの中身開発とか、化粧品の新色開発とか。もちろん職種として成立している以上、何らかの付加価値を創造しているであろう事は分かります。しかし僕にとってはどうでもいい職のように思えてしまいます。まずは僕がなぜそれらの仕事をどうでもいいと思ってしまうのかを説明します。

効用曲線の事

 
 『効用曲線』をご存知でしょうか?僕はこの概念を経済学の講義で聴いて感心しました。簡単に説明します。
 まずあなたはガムが好きだと仮定します。この場合、効用とはガムによってもたらされるあなたの『うれしさ』になります。当然の事ながら、ガムがあればあなたはうれしさを感じます。そして選べるガムの種類が増えるほどあなたのうれしさは増えるはずです。たくさんの選択肢から選べるからですね。その様子を曲線として表すとだいたい以下の様な形になります。

 まずガムが全くない場合(縦軸と横軸の交点)、あなたはガムを食べられないので全くうれしくありません。しかし、ガムが1種類あるとあなたはとたんにうれしくなります。うれしさ加減はガムがない時の比ではありません。
 次にガムがもう一種類追加されると、おそらくあなたのうれしさはさらにあがります。ハッカ味のガムしかないときに比べて、ライム味のガムもあった時の方がうれしいはずです*1。だって2種類のガムからおいしい方が選べるんですから!しかし、この時のうれしさの上がり具合はガムの種類が0種類から1種類になったときに比べれば少し鈍いはずです(グラフがいい加減でそうは見えにくいですが・・・)。さらにガムの種類を増やして10種類にしたとしても、おそらくうれしさはガムが2種類の時の2倍程度にしかなりません。選べるガムの種類が5倍に増えたのにうれしさは5倍にはならないのです。たとえば僕の場合、最初の二種類のガム(ハッカ味とライム味)でだいたい満足してしまい、残りのガムでは満足度があがりません。梅味のガムなんてものを買ったりしますが『ふーん』くらいの感想です。選べるガムの種類が増えてもそもそも選びませんし、たまたま選んだ味がハズレの事も多くなります。
 もちろんあなたはもっと多くの種類のガムをかむかもしれません。しかし、選べるガムの種類が1000種類の時と10000種類の時に、うれしさが10倍違うかと聞かれればそんな事はないと思われるはずです。
 このグラフだとだいたい10種類位からうれしさは増えなくなります。この先、ガムを100種類開発しようが、1000種類開発しようがあなたのうれしさにはほとんど影響しません。
 

ガムの新味開発が『どうでもよい仕事』な理由

 ではなぜガムの新味開発が僕にとってどうでもよい仕事であるかです。端的にいってそれは『その仕事をやってもほとんど効果がないから』です。
 すでに巷には10種類をゆうに超える種類のガムがあふれています。新味が追加されてもほとんど『うれしさ』=効用は増えません。もはやガムにはあなたのうれしさをふやさないくらい多くの選択肢があります。
 正直な感想を言えば『もうガムの新味開発なんてやめちゃえばいいじゃん』というレベルにあると思います。
 でも企業は開発をやめる事ができません。赤の女王は無慈悲に停滞企業を置き去りにします。なのでガムを売っている企業はなんとしても顧客の『うれしさ』=効用をあげる製品を作り続けないといけません。
 でも1種類ガムを追加したくらいではあなたのうれしさは上がりません。だってもう市場は飽和しているんですから。あなたのうれしさを10%あげようと思えば10000種類のガムを追加しないといけないのです。だからこそ企業は優秀な人材を欲するのだと思います。すでに10000種類あるガムとは違う10001種類目のガムを作らないといけないですから・・・

 まったくバカげています。僕とは比較にならないほど優秀な人間が、10001種類目のガムを作っているのです。本当に必死に。彼らは決してだめな人間ではありません。こんな文章を書いている僕とは比べ物にならないほど優秀な人間なのです。そして彼らは持てる全ての知識*2、技能を結集して10001種類目のガムを作っているのです。しかし彼らの仕事はほとんどうれしさを提供できないのです。なぜならガムの効用曲線はもう平らな部分に差し掛かっているから。本当にバカげています。

問題がないから解決がない

 ではなぜ彼らはそんな仕事をしているのでしょうか?彼らがその気になれば『1種類目のガム』に相当する全く新しいものを創造できるはずです。
 考えた結果、それは『問題』がないからという結論に達しました。正確に言うと『説明不要でだれもが問題だと感じられる問題』がないからです。
 例えば『腹が減った』は『説明不要でだれもが問題だと感じられる問題』です。腹が減ればみんな困ります。だから解決策を見いだそうとしますし、解決できたときのうれしさも半端ではありません。
 しかし『チベット問題』は『説明不要でだれもが問題だと感じられる問題』ではありません。確かに問題ではあるのですが、それを問題だととらえるためには多くのステップと説明が必要です。
 簡単に言うと解決された時にうれしさを極端にあげるような問題がないのです。あなたは喉が渇いたところを想像してください。あなたは渇きをいやす手段を何個思いつくでしょうか?僕ならば

・自宅でお茶をいれる
・研究室の水道水をがぶ飲み
・自販機でコーラを買う
・コンビニで宅配注文した水を受け取る
・スーパーで試供品の乳酸飲料を試飲

などなど、飲む方法も飲むものもすぐに複数個思いつきます。もはや渇き問題は解決済みで、渇きをいやす手段は飽和していると言えるでしょう。そしてこの手の問題はほとんど絶滅しています。
 でも僕は問題を解決してうれしいを作り出したいと考えています。付加価値を創造したいと考えているのです。どうすればいいんでしょうか。
 考えた結果、『みんなが欲しいもの』を教えてくれる装置を作ればよいという結果になりました。

ブログを書いて『みんなが欲しいもの』ジェネレータを作りたい

 『みんなが欲しいもの』はおそらく誰も知りません。ガムを考えついた人は偉大です。食べられない食べものを作ってその価値を広めることができたのですから、慧眼としか言いようがありません。おそらくガムが世に出るまで、普通の人はそのようなものが成り立つことすら知らなかったと思います。できれば僕もそのようなものを見つけ出したいとおもいます。
 そこで僕はこの『工作ブログ』を書き始めました。いろいろな考えをいろいろな形態(ショートショート、メモ、実作)で提示して、各エントリーの人気から『みんなが欲しいもの』を探ろうと思うのです。もし人気が非常に高いアイデアを提示できたなら、それが『1種類目のガム』の種になるかもしれません。そしてできれば多くの人が『1種類目のガム』を作る仕事に専念できるようになればよいなと思っています。

追記
 個人的にベーシックインカムは『みんなが欲しいもの』ジェネレータになりうるとも思っています。
関連僕がベーシックインカムに賛成する理由 - 工作blog

*1:ライム味が大嫌いだったらごめんなさい

*2:生化学、有機合成化学、分析化学などなど