独白
私がなぜ女性と付き合えないかって?
う〜ん。どうなんでしょう。
そりゃあ、お付き合いは一人でできませんからね。相手あってのことなので私だけのことではないんですが・・・
強いて言えばそう、私が女性のことが大好きだということですね。
え、じゃあなおさら女性と付き合うべきだろうって?
いえいえ、できないんですよ。
そうだな。なんといったらいいか。
うん、こう考えてもらえばいいかな。
リンドウっていう植物知ってますか?
高山植物の一種で濃い紫色の花をつける背の低い草なんですが。まあ知らなくてもいいです。
むかしね。私、山に登ったんですよ。そのとき頂上で見かけたリンドウがあんまり綺麗なもんだから、一株こっそり持って帰ってきたんですよ。ええ、生えてた場所の土といっしょにね。
で、自分の家でしばらく育てたんです。
こう見えても面倒見はいいですからね。もって帰ってきた後もそのリンドウは枯れることはなかったんです。むしろすくすく育ったといっていいと思います。
でもなんというか、持ってきたリンドウは美しさがなくなっていくんです。
なんというか色あせている。高原にいたときのあの凛とした美しさがないんです。
私の育て方が悪いのか、低地の環境が悪いのかそれは分かりません。
でも美しくなくなっていくのは間違いないんです。
おそらくリンドウはあの山の、あの空気の中でこそ美しくいられるんです。
私はリンドウの美しさを手に入れようとして、逆にそれを失ってしまった。
そう、私は女性に対してリンドウと同じことをしそうで怖いのです。
私は女性に美しくあって欲しい。
楽しそうに笑い、安らかに眠って欲しい。
私は女性の美しさが好きなのです。
もし、私がその美しさを手に入れようとして下手に手を出してしまったらどうでしょう?
ええ、この場合は私が女性と付き合うということですね。
もしかしたらその女性は私と付き合うことで悲しんだり、傷ついたりするかもしれない。
そんな姿は見たくない。
かりにそんなことがないとしても、私と付き合うことでその女性は必ず変わってしまう。
低地で育つリンドウは高山で育つリンドウのような美しさは失ってしまうのです。
だから私は女性と付き合えないのです。
変えてしまうのが怖いから。
美しさが失われるのが怖いから。
だから、ね?
私は一瞬を固定することにしたんです。
人は一瞬を固定するものなんですよ。
あなただって写真の一枚くらい撮るでしょう?
素晴らしい写真家は被写体だけじゃなくて空気まで撮って美しさを写真の中に固定します。
詩人は言葉の中に、作家は行間に、画家は絵の中に美しさを固定します。
人は自分が得意なことを使って、自分が固定したい美しさを固定するんです。
私は研究機関向けの冷凍庫売ってる人間です。
そして女性が好きです。
だから、ね?それで固定したんですよ。
ええ、扉が透明な冷凍庫もあるんです。あんまり売れないから知らなくて当然なんですが。
まあ私は未熟だから空気までは固定できません。
だからそのままもとの部屋の中に置いておいたんです。
家賃さえ払えば、家主がしばらく見えなくたって誰も気にしません。
部屋の中では大型冷凍庫が動いてるわけですから、電気も使います。
水道を時々ひねれば更に生活感が出せます。
一見すればそのまま暮らしているように見える。
私はそれでどうするかって?
私は合鍵を使って時々覗くだけですよ。
女性の部屋を訪れるのはやはりいつだって心が躍ります。そう思いませんか?
訪れるとそう、生きている時とまるでかわらない。
まったくかわらない彼女が迎えてくれるんですよ?
心躍りませんか?
美しさはまったく失われないんです。
ただ、固定されているだけなんです。
部屋の真ん中にただ、そう、凛と立っているだけなんです。
もちろんうまくやらないといけませんよ。
特に着ている服を固定するのが難しい。一度凍らせたら溶かすのは至難の業ですからね。
ふふ。抱きしめたりはしませんよ。そんなのは私の趣味じゃありませんし、相手に失礼だ。
第一冷たいじゃありませんか。ほとんど氷なんですから。
私は見るだけです。
女性の美しさが固定されて、それが見られれば十分なんです。
それ以上の干渉はしません。
だから、そう。
私は女性とお付き合いできないんですよ。