『花火』

夏の夕方。
ふらふら町を歩いていると、小さな露店があった。

『花火の押し花あります』


妙なものを売る店もあるものだ。
花火の押し花なんていったいどうやって作るんだろう。
どうせカラーヒヨコや,1万年生きる亀の子どもみたいなインチキだろう。
冷かしてやるとするか。

『花火の押し花見せてもらえますか?』

『はいどうぞ』

店主が若い女性であることに驚きながらも僕は差し出されたものを受け取った。
ハガキ大の黒い紙に淡い色で花火が描かれているように見える。ちぎり絵のような,水彩画のような優しい風合いの絵だ。

『花火の押し花っていうけどこれって絵じゃないの?』
僕は少しいじわるに聞いた。
『いえ、それは押し花です.絵じゃありません』
『いやでも花火は本の間とかに挟めないじゃないですか。どうやってつくるのかなと思って』
彼女の真剣なまなざしに僕は一瞬たじろいだ。
『作り方は秘密です。といいたいですが特別にお教えしましょう。そうしないと信じてもらえないでしょうしね』
見透かされた気がして僕は目をそらした。
『花火大会の時にボウルに特別な液体を満たして持っていくんです。地面にそのボウルをおいて花火が打ち上がるのを待ちます。よく河原の花火大会だと川面に花火が写るでしょう?それと同じでボウルの中の液体にも花火が写るんですよ。それで、花火がちょうどボウルに写ったところで紙をそっと液体に押し当てるんです。するとこんな風に花火の押し花が出来上がります』
 なるほど、たしかにそれは花火の押し花かもしれない。
写真じゃないし絵でもない。
押し花っていう表現がぴったりだ。
『そんなふうに作るんですか。じゃあ一枚もらおうかな』
僕はじっくりと押し花たちを眺めた。
どれも淡い色のきれいな花火だ。
『じゃあこれにするよ』
僕はその中の一枚を選んだ。
『それでいいんですか?少し失敗しちゃったものですよ』
『これがいいです』
僕は答えた。
『ではお持ちください』

僕はきれいな花火の押し花を手に入れた.赤い大輪の花火.
きっと僕は明日も眺めるだろう。
そこには花火にてらされた彼女の顔もうつっていたから。