チェルノブイリ原発と植物の奇形に関する論文を読んだ

 以前、チェルノブイリとツバメの奇形に関するエントリを書きました。

チェルノブイリとツバメの奇形についての論文を読んだ感想 - 工作blog

このコメント欄に論文が挙げられていましたので、読んで感想を述べたいと思います。

 >magさま
 国会図書館に行けば論文を手に入れられることがわかりました。あまり注目されていない論文とのことなので、差し出がましいようですが紹介させていただきます。

 今回読んだ論文はこちらです。
論文題名『Developmental Instability of Plants and Radiation from Chernobyl』
Developmental Instability of Plants and Radiation from Chernobyl on JSTOR

この論文の著者は上に挙げたツバメの論文と同じ著者です。

まずはアブストラクトの全訳から紹介します。

抜粋

 ウクライナでは『チェルノブイリから放出された放射線が直接的に植物の成長に影響を与えている』という仮説を評価するために、成長不安定性*1に焦点を当てた表現形測定*2が行われてきた。本研究ではチェルノブイリのセキュリティゾーンから、南東方向のほぼ放射能汚染がない地域にいたる225kmの地帯を調査し、三種類の植物*3の対称性の乱れと表現型の逸脱(奇形)を測定した。成長不安定性はチェルノブイリからの距離が離れるにつれて減少し、非汚染地域(コントロール)と比較して3倍から4倍の差があった。これらの傾向は3種類の植物で同様だった。また、この成長不安定性は、調査した地帯のセシウム137由来放射線レベルと正の相関があった。結論として、チェルノブイリ由来の放射線が、植物の正常な成長を阻害したということがいえる。

導入

 環境の変化に敏感に反応する植物の形質*4として、葉や花などの対称性があげられます。
 なぜなら普通、自然界で生物に奇形が現れると、その個体の適応度が下がってしまうため観察できないことが多いですが*5、植物の葉や花の対称性といった形質は、おそらくそこまで適応度を下げないため自然界でも観察できるだろうと考えられるためです。そこで本研究では、ニセアカシア、オウシュウナナカマド、イヌカミツレの葉や花の対称性を調査し、対称性の乱れが放射性物質であるセシウム137の量と相関があることを示したいと思います。

材料と方法

 ニセアカシアの調査方法


*6
ニセアカシアの葉は写真のように向かい合わせに小葉がついています。*7

この小葉の付け根はだいたい同じ位置にあります。そこで、この向かい合った小葉の付け根の間がどれだけ離れているかで非対称性を評価しました。付け根の間隔が広いほど非対称であるということです。地点ごとに樹高1m〜5mのニセアカシア20本を選んで1本の木につき5枚ずつ葉を評価しました。総計260本、1300枚の葉を調査しました(一地点につき100枚の葉を評価。13地点のサンプリングを行った)。

※オウシュウナナカマドとイヌカミツレの調査方法も似ているので割愛します。
 ただイヌカミツレは葉ではなく花の調査を行っています。

結果と考察

 (※本論文ではここで2種類のグラフが挙げられているのですが、ウェブ上で公開されていないデータをスキャンしてこのブログに載せるのは、引用元を明示したとしても気がひけるためやめます。)
 
 調査した植物の葉と花の非対称性(長さ:mm)をチェルノブイリ原発からの距離を横軸にとってプロットしたところ、チェルノブイリ原発からの距離が離れるほど、非対称性がなくなることが判明しました。(これが一つ目のグラフ)これは調査した3種類の植物で同様の傾向でした。
 また横軸にセシウム137由来放射線量(Ci/km^2)をプロットしたところ、放射線量が増えるにしたがって非対称性も増すことが判明しました。これも調査した3種類の植物で同様の傾向でした。(これが二つ目のグラフ)
 以上のことから植物の変異(奇形)はチェルノブイリ原発からの距離に強い相関があり、セシウム137由来放射線とも強い相関があると結論付けることができます。

論文を読んだ僕の感想

 結論からいうと、『この論文の結果からはチェルノブイリ原発事故と植物の奇形の関連に関して何もいえないのではないか』と感じました。なぜそう感じたのかを3点挙げたいと思います。

 1.コントロール(対照群)が必要なのではないか?
 この論文ではチェルノブイリ原発からの距離によって対称性の乱れ(奇形)が増えたといっています。しかし調査はチェルノブイリから南東方向への一地帯しか行っていません。もしこの奇形率の上昇がチェルノブイリ事故由来であると主張するのであれば、今回の調査と同じような気候、土壌、植生の地域で、放射能の影響が無い地域を調査し、奇形率が特定の傾向を示さないか調べる必要があると考えられます。というのも生物の対称性は環境に影響されやすいからです。論文中にもふれられていますが、生育温度が高いだけでショウジョウバエの奇形率は上がるようです。ということはもしかしたらこの植物の奇形率の上昇も、単純に生育温度が高いと出るものであるかもしれません。植物は接触刺激によっても生育が変わりますから、もしかしたら風が影響しているかもしれません。とにかく放射能の影響が無視できる地帯で同様の調査を行い比較することが必要だと思います。そうでないと『植物は気温が変わると奇形率が上がる』がたまたま放射能の分布と一致しただけということにもなりかねません。

 2.調査地域の選び方が不適切なのではないか?
 上でも述べましたが今回の調査ではチェルノブイリ原発から南東方向への一地帯しか調査していません。もしチェルノブイリ原発からの距離によって奇形率が上昇するというのであれば、他の方向へも調査すべきです。3方向かそれ以上調査を行って、それでも原発からの距離に比例した奇形率の上昇が見られたら信憑性のある程度高い結果であると思います。しかし一方向だけでは信憑性が低いといわざるをえません。とくにチェルノブイリ原発事故のように、事故後のチリが主に西方向と北北西方向に運ばれたことがわかっている*8場合には、その方向の調査を行う必要があると思います。一方向だけなので、結果が出た方向だけを恣意的に選んで公開したのではないかと勘ぐってしまいました。
 また『225キロに及ぶ範囲』を調査したといっても、グラフを見る限り調査を行った地域は、チェルノブイリ原発から50km〜75kmくらいのところにかたまっています(13地点中10点がこの範囲)。以前紹介したツバメの論文同様、詳しい調査地点は明らかにされていないのでなんともいえませんが、なぜこの地点を選んだのかくらいは示してほしいところです。

 3.調査する植物が不適切なのではないか?
 今回調査されている植物ですが、なぜこの3種類の植物が調査対象なのかがわかりませんでした。とくになぜニセアカシアを選んだのかがわかりませんでした。
 というのもニセアカシアは根萌芽する樹種だからです。簡単にいうと竹と同じように横に伸ばした根から芽を出して成長することができるのです*9。水平根は60m以上のびることもあるようですので、調査地点にあるニセアカシアはすべて根がつながった同一個体である可能性があります。そのため地上の見た目で20本の木を選んだとしても、結果的には1個体のニセアカシアを調査したに過ぎないかもしれません。そうなると統計的には意味をなしません。個体差なんじゃないかという話です。このようなことを避けるには、葉を採って遺伝子解析し、別個体であること確認する必要があります。そんなことするくらいなら別の植物調べたほうがいいんじゃないのかな?という感じです。
 対称性というならほぼすべての植物がどこかしらに持っているものです。葉の鋸歯*10や葉脈を調査するという方法であれば、羽状複葉の植物でなくとも調査はできます。少なくともニセアカシア以外にも植物はあったのではないかと思います*11
 植物は『動かない動物』ではありません。独自の生態をもつ生物です。ツバメであれば、ある地点に営巣する個体がすべてクローンであるということはほとんど考えられませんが、植物ではありうることです。ツバメの行動学者である著者がその点を考慮したのかが気になります。

 他にもなんでセシウムだけに着目して、総放射線量に着目しないのかなど色々ありますが、全体を通していえることは、『少ないデータから大きな結論を導き出しすぎている』ように感じたということです。
 以上がぼくの感想です。
 
チェルノブイリでマウスを育てたら奇形になるの? - 工作blog

*1:正常ではない成長。いわゆる奇形

*2:ここでは植物の見た目の評価くらいの意味だと思います

*3:ニセアカシア(Robinia pseudoacacia - Wikipedia)、オウシュウナナカマド(http://sigesplants.chicappa.jp/Sorbus_aucuparia-1.html)、イヌカミツレ(http://bluelist.ies.hro.or.jp/db/detail.php?k=08&cd=448

*4:ここでは見た目だと思ってください

*5:論文中に挙げられてはいませんが、たとえば二つの頭を持った魚が生まれたとしても、おそらく二つ頭の魚は泳ぎが遅いため真っ先に食べられてしまい、実際に生まれていたとしても見つからないだろうみたいなことです。

*6:http://www.city.chigasaki.kanagawa.jp/profile/005594.html より転載

*7:正確に言うとこの写真に写っているものすべてで一枚の葉です。一枚の葉が複数の向かい合わせた小葉と先端の小葉一枚からできているため奇数羽状複葉といいます

*8:http://www.groenerekenkamer.com/grkfiles/images/Chesser%20Baker%2006%20Chernobyl.pdf

*9:https://qir.kyushu-u.ac.jp/dspace/handle/2324/10858

*10:http://okayama.cool.ne.jp/kanon1001/yougo/kyosi/kyosi00.htm

*11:調査地域に3種類しか植物が無かったとは考えにくいです