放射能で汚染された食べ物を食べたらガンになるの?

 

 実家に帰って、雑煮を食べていたら『そういえば関東は放射能とか大丈夫なのか?間違って食べたりしてるんじゃないか?』と言われました。


 たしかに関東圏に住んでいないと気になるのかもしれません。


 というわけで『放射能で汚染された食べ物を食べたらガンになるの?』に関する説明文を工作(論文紹介)したいと思います。

核実験後のガンについて調査した研究


今回紹介する論文は『Thyroid cancer following nuclear tests in French Polynesia』(フランス領ポリネシアにおける核実験後の甲状腺がんについて)です。
この論文も無料で全文読めます。
いい時代ですね。
Thyroid cancer following nuclear tests in French Polynesia

では早速アブストラクトの全訳から。

アブストラク

研究背景:1966年から1974年の間にフランスはポリネシアにおいて41回の大気圏中核実験を行った*1が、その健康への影響については評価されていない。

研究方法:本研究はケースコントロール研究であり、1981年から2003年に甲状腺分化ガンと診断されたフランス領ポリネシア人のほぼ全員(229人)を、一般集団から抽出したガンではないフランス領ポリネシア人(373人)からなるコントロールと比較することで評価を行った。被験者の放射線被曝量は核実験後の(土壌や水中への放射能蓄積の)測定値、核実験時の被験者の年齢、住所、食事内容から評価した。

結果:被験者の年齢が15歳になるまでの平均的な甲状腺への被曝量は1.8 mGyであった。また甲状腺ガンを発症した人たちのうちの5 %、コントロールの人たち(甲状腺ガンではない人たち)の3 %は10 mGy以上を被曝していた。このような低線量被曝にもかかわらず、民族間差異、教育水準、体表面積、家族の甲状腺ガン病歴、妊娠回数を調整した後でも、15歳までの甲状腺被曝量によって甲状腺ガンリスクが上昇することが観察された(P=0.04)。また非侵襲性甲状腺分化微小ガンを除いてもこの傾向は観察された。
 さらに、この甲状腺被曝量の上昇に伴って甲状腺ガンのリスクが上昇するという傾向は、妊娠回数が4回以上の女性のほうが、その他の女性よりも顕著であった(P=0.03)

結論:今回推定されたリスクは低いものであるが、これは限られたデータに基づくものである。最新のデータを取り込むことで、信頼性の劇的な向上がなされるだろう。

内容

論文中に出てくる図、表の解説をしたいと思います。
※図表自体はリンク先をご覧ください。

Table1 甲状腺ガン発症者群の詳細(フランス領ポリネシア
PubMed Central, Table 1: Br J Cancer. 2010 Sep 28; 103(7): 1115–1121. Published online 2010 Aug 31. doi: 10.1038/sj.bjc.6605862

項目について(N=229人)

性別
 男  26人
 女  203人

最初の核実験時の年齢
 15歳以上      61人
 0歳から14歳    124人
 核実験中に誕生 33人
 核実験後に誕生   11人

甲状腺ガンと診断された年齢
 10から19歳      8人
 20から29歳     39人
 30から39歳     76人
 40から49歳     63人
 50から62歳     43人

甲状腺ガンの種類
 乳頭ガン      176人
 小胞ガン       53人

腫瘍の大きさ
 10 mm以下      106人
 11 mm〜40 mm 75人
40 mm以上      22人
 不明         26人

多発性腫瘍かどうか
 非多発性      128人 
 多発性        82人
 不明         19人

侵襲
 なし         191人
 あり 38人

Table2 15歳までの甲状腺被曝に関する指標

PubMed Central, Table 2: Br J Cancer. 2010 Sep 28; 103(7): 1115–1121. Published online 2010 Aug 31. doi: 10.1038/sj.bjc.6605862

項目(数字は左が甲状腺ガン症例群、右が対照群 単位 %)
 ・被曝した年
   1966年   15  10
   1967年    2   2
   1968年    6   7
   1969年    0   0
   1970年    3   4
   1971年    8   7
   1972年    1   1
   1973年    7   7
   1974年   58  62
   
 ・住んでいた場所
タヒチとモーレア 69  84
他のソシエテ諸島 11   7
オーストラレス   2   1
マラケス      3   3
オーストラレス   2   1
ツアモツ−ガンビア諸島   15   5

 ・放射線
   葉物野菜   69  84
   牛乳     11  14
   吸入      6   4
   貯水雨水    3   5
   その他食品   1   2
   外部被曝    5   4

 ・放射線核種
   131I     75  78
132I,133I,135I,132Te 18  16
137Cs 2   2
   外部被曝    5   4

Table3 15歳までの被曝量と甲状腺ガンのリスク また核実験場付近で働いていたかどうか
PubMed Central, Table 3: Br J Cancer. 2010 Sep 28; 103(7): 1115–1121. Published online 2010 Aug 31. doi: 10.1038/sj.bjc.6605862


(うまく書けないので語句解説のみ)
Thyroid dose before age 15 years :15歳までの甲状腺への被曝量
Work at nuclear sites during tests:核実験中に付近で働いていたかどうか
Cases:甲状腺ガン症例群
Controls:対照群
OR:オッズ比(基準(今回は1 mGy未満の被曝量)を1とした場合の相対危険度が何倍になるか)
95% CI:95 % 信頼区間(真の値が95 %の確率で存在する範囲。たとえば95% CIが 0.5-1.9 なら95%の確率でこの範囲に真の値がある)

Table4 15歳までの被曝量と女性の甲状腺ガンのリスク また妊娠回数との関係
PubMed Central, Table 4: Br J Cancer. 2010 Sep 28; 103(7): 1115–1121. Published online 2010 Aug 31. doi: 10.1038/sj.bjc.6605862

(これもうまく書けないので語句解説のみ)
Four pregnancies or more :4回以上の妊娠回数
Less than four pregnancies:4回未満の妊娠回数

論文中の考察

 これまでも放射能甲状腺ガンの関連についてはチェルノブイリ、米国ネバダ核実験場近隣、セミパラーチンスク(旧ソ連の核実験場)近隣などで研究がなされてきた。しかしこれらの研究は高線量(1 Gy(1000 mGy)以上)の被曝を対象としたものであった。また甲状腺ガンの症例数が少ないものも多く、放射線以外の甲状腺ガンリスク要因*2の調整もなされていない。
 本研究では放射線以外のリスクを調整し、低線量でも甲状腺ガンのリスクが上昇することが観察された。*3
 また妊娠回数の多い女性で甲状腺ガンリスクが上昇しやすいことも観察された。これは妊娠初期の胎児が甲状腺ホルモン供給を母親に頼っているため、母親の甲状腺機能が妊娠によって活性化され、悪性の細胞が甲状腺にある場合その細胞分裂まで促進してしまうからだと考えられる。
 さらに核実験場付近で働いていても甲状腺リスクが上昇しないという結果も観察されたが、これは核実験場で働いているのが大人であったこと、女性が少なかったこと*4などを考えると不思議なことではない。

僕の感想

 フランス領ポリネシアのほぼすべての甲状腺ガンを調べた*5ということで気合の入った研究だなと思いました。
 またGoogle先生に聞いてみたところ、今回紹介した論文は100 mGy以下の低線量被曝でも統計的に健康被害があるとする『一部の例外』*6だそうです。
 ただやはり疫学研究は難しいですね。10 mGy - 19.9 mGyの被曝で相対危険度3.3倍、20 mGy - 39 mGyの被曝で相対危険度5.7倍となっていますが95%信頼区間がそれぞれ0.8−14、0.8−45ということで結構広いです。1を下回る数値が含まれていますし、あまり当てにならないかなという印象です。う〜ん難しい。
 また、今回の調査対象の被曝核種は甲状腺ガンということもあり、ヨウ素(131I)が大半です。半減期が短い*7ため今の日本では関係なさそうです。核実験のように継続的に放射能が降り注ぐ場合には有効なデータですが、今の日本でどこまで有効かは不明です。
 さらに、被曝した原因の大半は葉物野菜の摂取による内部被曝ですが、今の日本では放射性ヨウ素のチリがついた野菜は無さそうだと考えられるためここもあまり心配しなくてよさそうです。
 そこで実家には以下の点を伝えました。

1.15歳になるまでに10 mGy - 19.9 mGyの被曝をすると甲状腺ガンになる相対危険度が3.3倍、20 mGy - 39 mGyの被曝で相対危険度5.7倍になるかもしれない。もしかしたらもっと高い(45倍くらい)かもしれない。でもこのレベルの被曝だと逆に甲状腺ガンのリスクが低下する可能性もある。

2.このレベルの被曝を今の日本でするのは非常に難しいと思う。事故後時間が経過しているので、放射性ヨウ素は崩壊しちゃったんじゃないか。

3.核実験場の近くで働いていても甲状腺ガンのリスクは上昇しないっぽい。成人男性は低線量被曝をしてもリスク上昇しなさそう。だから僕自身は関係ないんじゃないか。

4.4回以上妊娠すると甲状腺ガンリスクが上昇するっぽい。

5.フランス領ポリネシアの人は科学調査に協力的。255人中調査拒否は5人だけ。

 
『なんかハッキリしないね』みたいな事言われましたが、科学ってこんなものなんじゃないかという気がしました。

要は放射線放射能を気にしすぎないほうがよいのではないかということです。

関連エントリ
 低線量被曝って危ないんじゃないの? - 工作blog
安定ヨウ素剤配布はおそらく必要ない - 工作blog

*1:トップの画像は実験を行った場所です

*2:民族間差異、教育水準、体表面積、家族の甲状腺ガン病歴、妊娠回数

*3:10 mGy - 19.9 mGyの被曝で相対危険度3.3倍 20 mGy - 39 mGyの被曝で相対危険度5.7倍

*4:今回調査した甲状腺ガン症例のうち88.6 %は女性の症例

*5:症例255例のうち、今回インタビューできず調査から漏れたのは、亡くなった方14人、行方不明6人、調査拒否5人、身体が悪すぎてインタビューに耐えられない方1人の計26人

*6:食品中に含まれる放射性物質(2011年10月)食品安全委員会 http://www.fsc.go.jp/sonota/emerg/radio_hyoka_detail.pdf PDF文書の53ページ目

*7:8.0207 日 出典:理科年表2010 p464