熱帯魚を飼うにはバクテリア剤を入れないといけないの?

 熱帯魚を買いに近所のお店に行ったところ、バクテリア剤というものが売っていました。

 どうやらこのバクテリア剤にはアンモニア亜硝酸、さらに硝酸まで酸化するバクテリアが入っているようです。
 このバクテリア剤を水槽に適量入れると、熱帯魚が排泄するアンモニアを比較的無害な硝酸に変えてくれるようです。その結果、水換えも減るし、熱帯魚も元気になるしいい事ずくめみたいです。

 でもこのバクテリア剤には賛否両論あるみたいで、本当に効くというヒトと、効かないというヒトがいるみたいです。

 実際のところどうなんでしょうか?

 調べた結果から僕が得た結論は『淡水の熱帯魚を飼うのにバクテリア剤は必要ない。なぜならアンモニアを無害化するのはバクテリアではない可能性が高く、バクテリア剤を入れても意味がないから』というものです。

 この判断の根拠となった論文を今回は紹介したいと思います。*1

論文題名『Aquarium Nitrification Revisited: Thaumarchaeota Are the Dominant Ammonia Oxidizers in Freshwater Aquarium Biofilters』
訳)『水槽における硝化作用の再評価:Thaumarchaeotaタウム古細菌 - Wikipediaは淡水水槽中のアンモニア酸化による生物ろ過において主要な役割を果たしている』
2011年出版
カナダ ウォータールー大学

Aquarium nitrification revisited: Thaumarchaeota are the dominant ammonia oxidizers in freshwater aquarium biofilters. - PubMed - NCBI
Aquarium Nitrification Revisited: Thaumarchaeota Are the Dominant Ammonia Oxidizers in Freshwater Aquarium Biofilters

ではいつも通りアブストラクト(要約)の全訳から。

アブストラク

アンモニア酸化古細菌(AOA)は多くの陸上、水中環境においてアンモニア酸化バクテリア(AOB)を数で凌駕している。水槽の生物ろ過において硝化*2はもっとも重要といっていい機能であるが、硝化にどのような微生物が関与しているかという研究はほとんどなされていない。本研究では定量的リアルタイムPCR(qPCR)を用いて、淡水水槽フィルター中のバクテリアとThaumarchaeotaのアンモニアモノオキシゲナーゼ遺伝子(amoA)および16S rRNA遺伝子の定量を行った。また加えてアンモニア酸化古細菌アンモニアモノオキシゲナーゼ遺伝子多様性を評価するため、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法(DGGE)とクローンライブラリーによる評価を行った。その結果、アンモニア酸化古細菌(AOA)は調査した27個の淡水水槽のうち23個でアンモニア酸化バクテリア(AOB)より優勢であり、さらに12個に関しては検出できたamoAのすべてがアンモニア酸化古細菌(AOA)由来であった。
また本研究では8個の海水水槽と市販の硝化細菌サプリメントを比較として用いた。その結果、すべての海水水槽でアンモニア酸化古細菌(AOA)とアンモニア酸化バクテリア(AOB)のamoAが検出されたが、8個の海水水槽のうち5個はアンモニア酸化古細菌(AOA)のほうが優勢であった。さらに2種類の硝化細菌サプリメントからはバクテリア性のamoAと16S rRNA遺伝子は豊富に検出されたが、Thaumarchaeota由来のものは検出されなかった。
 また、淡水水槽においてはアンモニア酸化古細菌(AOA)由来amoA遺伝子相対量が多いほど、水槽のアンモニア濃度が低いことが判明した。変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法(DGGE)による解析ではサンプル間でアンモニア酸化古細菌(AOA)由来amoA遺伝子に多様性があることが判明し、NMDSによる分離では淡水水槽と海水水槽で別の群に分けられた。さらにアンモニア酸化古細菌(AOA)由来amoA遺伝子のクローンライブラリー法では淡水と海水で別のクラスターに分けられることが判明した。
 これらの結果は、ありきたりな水槽フィルターの生物ろ過に関する新たな知見を明らかにし、水槽フィルターが将来のアンモニア酸化古細菌(AOA)研究に有用な研究対象となりうることを示している。

解説

 まず大前提ですが、細菌(バクテリア)と古細菌アーキア)はまったく別の生き物です。
 古細菌 - Wikipedia
 
どっちも小さな生き物という点は同じですが、そのほかはあんまり似ていません。
水虫(白癬菌)とヒトのほうがまだ似ています。

本研究では古細菌の一種であるThaumarchaeotaに焦点が当たっています。
Thaumarchaeota(古細菌)V.S. バクテリア(細菌)というのが本論文の見所の一つです。

そのことを踏まえて以下をご覧ください。

今回の論文で重要なデータはおそらく以下のデータです。


PubMed Central, Figure 1: PLoS One. 2011; 6(8): e23281. Published online 2011 Aug 16. doi: 10.1371/journal.pone.0023281

上の段が16S rRNA遺伝子を定量した結果で、下側がamoA遺伝子の定量結果です。左側から海水水槽のサンプル8個、淡水水槽のサンプル27個、市販の硝化細菌サプリメントサンプル2個が並んでいます…といってもよく分からないですね。

まずこの16S rRNA遺伝子というのはThaumarchaeota(古細菌)とバクテリア(細菌)が共通して持っている遺伝子です。なのでこの遺伝子の量を調べると、だいたいThaumarchaeota(古細菌)とバクテリア(細菌)がどれくらいの比率で水槽フィルターの中にいるかがわかります*3。たとえば淡水水槽のサンプル(例:FW15)では16S rRNA遺伝子を調べるとThaumarchaeota(古細菌)由来の16S rRNA遺伝子(棒グラフの濃い色の部分)より、バクテリア(細菌)由来の16S rRNA遺伝子(棒グラフのうすい色の部分)のほうが圧倒的に量が多く、水槽フィルターの中にはバクテリアに比べるとThaumarchaeotaはちょっとしかいないと推測されます。しかし、実際にアンモニアを酸化する酵素の遺伝子(amoA)を調べているとバクテリア由来のものはなく、Thaumarchaeota由来のものしかありませんでした。つまり、サンプルFW15の水槽内のバクテリアアンモニア酸化酵素遺伝子をもっておらず、アンモニア酸化に関与してなさそうなのです。そしてこの傾向はサンプルFW15に限らず他の水槽でも同じです。大抵の水槽でアンモニア酸化酵素遺伝子遺伝子はThaumarchaeota由来のものが多いようです。
 さらに市販の硝化細菌サプリメントサンプル(SP1,SP2)を調べたところ、16S rRNA遺伝子、アンモニア酸化酵素遺伝子ともにバクテリア由来のものしかなかったようです。

個人的感想&結論

 ここからが僕の感想&結論です。
1.アンモニア酸化⇒硝酸イオン化という流れにはThaumarchaeotaが重要そうに思える。
2.硝化細菌サプリメントサンプル(バクテリア剤)にはThaumarchaeotaが入っていなさそう*4
3.何も入れなくともThaumarchaeotaは勝手に水槽の中で増えるみたい。
4.よって硝化細菌サプリメントサンプル(バクテリア剤)は水槽に入れなくてもよい。

 以上が感想&結論です。

 おそらく硝化細菌サプリメントサンプル(バクテリア剤)を使用するのは論文中にもあるように以下のような目的です。

(原文)Bacterial supplements (typically bottled liquid suspensions) are intended to aid in populating newly established aquaria with active nitrifying bacteria, to help ensure that ammonia and nitrite concentrations remain below toxic levels during the initial 1–2 months of aquarium filter colonization.
(訳)バクテリア剤(普通はボトルに入った懸濁液)は、新しく立ち上げた水槽に生きた硝化バクテリアが住み着くようにするものであり、水槽立ち上げ初期の1から2ヶ月間、アンモニア亜硝酸濃度が致死的なレベルまで高まらないようにするものである。

ですがおそらく、アンモニア亜硝酸濃度が致死的なレベルまで高まらないようにするには、ゆっくり魚を増やしていくことの方がいいと思います。

関連リンク:2012-01-31 - 工作blog

*1:論文検索はいつもの通り学術文献検索サービスのPubMed先生Home - PubMed - NCBIです

*2:アンモニア亜硝酸⇒硝酸と酸化していく過程

*3:あくまでだいたいです。遺伝子をPCRで増幅して拾ってくる関係上、遺伝子のGC含量等に左右されて元の比率とはかけ離れている可能性もあります。個人的にこの手の実験でうまくできたことがないため、比率とかはあまり信用していません。が、あくまで個人的にです。実験がうまい人はいます。

*4:おそらくこれはが硝化細菌サプリメントサンプル(バクテリア剤)が土壌中のアンモニア酸化に関する知見を元に作られているからではないかと思います