プレコは木を食べるの?【閲覧注意】

[生物学]プレコは木を食べるの?【閲覧注意】

※本エントリ(の続きを読む以降)にはプレコ(魚)の解剖写真が出てきます。
 苦手な方はご覧にならないでください。


 最近、熱帯魚を飼いはじめました。
 楽しいものですね。

 で、熱帯魚屋さんにいくとプレコという種類の魚がいました。

google:image:プレコ

 ちょっと調べてみると、このプレコという魚(の一部)は木(流木)を食べるようです。
 熱帯魚屋さんの店員さんに聞いても『プレコは木を食べますよ』ということでした。

 これは衝撃的な話です。

 なぜかというと僕の認識では木はものすごく消化しにくくて、これを食べられる高等生物は数えるほどしかいないからです。*1それなのにこの小さい魚は木を食べられるらしいのです。面白い!

 ちょっと脱線しますが、なぜ木を食べる生物は少ないのでしょうか?
 木はどこでも生えてるし、食べられる生物は大繁殖できそうです。
 というか草食動物なら木も食べられるんでないの?

 それは違うんですよ!

 草と木はまったく違うんです。

 草食動物は大雑把に言って草しか食べません。なぜなら木に含まれるリグニンという物質が消化を妨げるからです。
 木は主にセルロース、ヘミセルロース、リグニンからできているのですが、このリグニンというやつは滅茶苦茶複雑で分解しにくい高分子フェノール性化合物で、セルロースの消化を妨げます。またリグニン自体は高等生物の栄養にはなりません。
 そもそも栄養になるセルロースも分解しにくいのです。草食動物のウシは草(リグニンを含まないセルロース主体の植物)を食べて栄養にできますが、それができるのも胃に微生物を飼っていて、胃の中で草を発酵させることで消化しているからです。草を食べる⇒胃に入れて発酵させる⇒吐き出して噛む(反芻)⇒さらに胃で発酵 という作業をおこなってようやく分解できるのがセルロースです。それをこの小さい魚のプレコができるのか?

さっそくPubMed先生に聞いてみました。
でてきたのが以下の論文。

Inside the guts of wood-eating catfishes: can they digest wood?
『木を食べるナマズの消化管内部:木を食べるナマズは食べた木を消化できるのか?』
Inside the guts of wood-eating catfishes: can they digest wood?

米国フロリダ大学の研究みたいです。2009年発表なので比較的最近ですね。

では早速アブストラクトの全訳から。

アブストラク

木を食べるナマズ(以下プレコ)の胃腸の構造や機能について詳しく調べるため、野生のプレコ3種(Panaque nocturnusgoogle:image:Panaque nocturnus P. cf. nigrolineatus "Marañon"google:image:P. cf. nigrolineatusHypostomus pyrineusigoogle:image:Hypostomus pyrineusi) を捕らえ、組織、体長、微絨毛面積(MVSA)の調査を行い、その結果を近縁のデトリタス食性*2プレコ(Pterygoplichthys disjunctivusgoogle:image:Pterygoplichthys disjunctivus)と比較した。その結果、4種のプレコはすべて、折れ曲がりや弁、盲腸のような構造のない機能的に未分化な消化管を持っていることがわかった。また木を食べるプレコの消化管は体格に比例した長さであるものの、デトリタス食性のプレコに比べて35 %短いことが判明した。さらに微絨毛面積(MVSA)は末梢に向うほど小さくなることから、栄養吸収は消化管の中央部までで行われていると考えられ、このことは消化酵素活性や、炭水化物の分析結果とも矛盾しない。
 また野生のデトリタス食性のプレコ(Pterygoplichthys disjunctivus)と購入した木を食べるプレコ(P. cf. nigrolineatus "Marañon")を研究室で飼育したところ、木質セルロースの消化率は33 %未満であり、木だけを飼料として育てると体重が減少することが分かった。そして染色した木を食べさせると4時間以内に排泄されることも分かった。
さらに消化管のどの部位でも選択的な微粒子の保持は見られなかった。以上のことから、消化酵素活性が低く、体内での発酵能力も低いこれらのプレコは、ビーバーやシロアリのような”真の木食者"ではないといえる。むしろ他のロリカリア科の魚のように、デトリタス食性に近いといえるのではないだろうか。

どうやら今回調べたプレコは木を消化できないみたいです。
本当に?
詳しく見ましょう。

※再掲:以下の論文紹介にはプレコの解剖写真が出てきます。
 苦手な方はご覧にならないでください。
 また本論文についている参考動画は『解剖後も動き続けるプレコの消化管の動画』なので同じく苦手な方はご覧にならないほうがよいと思います。

内容

簡単に図表の説明。
(全部書くのは面倒なのでさらっと)
PubMed Central, Table 1: J Comp Physiol B. 2009 Nov; 179(8): 1011–1023. Published online 2009 Jun 27. doi: 10.1007/s00360-009-0381-1
Table.1
今回調べたプレコたちの消化管の長さです。DietがWなのが木を食べるプレコ、ADなのが藻類やデトリタス食性のプレコです。どうやら体長比でも体重比でも藻類やデトリタス食性のプレコのほうが消化管が長いみたいです。木のほうが消化しにくいはずなのに不思議ですね。

PubMed Central, Table 3: J Comp Physiol B. 2009 Nov; 179(8): 1011–1023. Published online 2009 Jun 27. doi: 10.1007/s00360-009-0381-1
Table.3 木食性プレコとデトリタス食性プレコに木を食べさせた場合の消化率比較

どうやら木食性プレコ( P. cf. nigrolineatus )のほうがデトリタス食性プレコ(Pterygoplichthys disjunctivus)よりも木の消化率が悪いみたいです。


Fig.1 プレコを解剖したところ
消化管が長いことと、消化管に弁や折れ曲がり、盲腸状の構造がないことが分かります。



Fig.2 各プレコの消化管内容物と消化管内部表面の電顕写真

木食性プレコ(PmとPn)はやはりデトリタス食性のプレコ(Ptd)と異なり消化管の中に木がいっぱい入っているみたいです。でもデトリタスも結構いっぱい入ってるみたい。


Fig.5 赤く染色した木をプレコに食べさせた場合、何時間後に消化管のどの位置にあるかを示した写真。写真Bは染色した木をプレコに食べさせた4時間後に水槽の中にあった赤いフン。

どうやらプレコに食べられた木は8時間でかなり消化管の後ろのほうに行くみたいです。またもっとも早いものは4時間で排泄されるようです。消化しにくいものを食べているわりに、出てくるのはめちゃくちゃ早いですね。

考察

・消化しにくい木を食べているプレコは、比較的消化しやすいデトリタスを食べている近縁種より消化管が短い。これでは木を消化できないのではないか。

・どのプレコも(ウシなどのように)消化管に食べたものを貯めて発酵させる構造がない。さらに食べたものが4時間で出てくるのは、木を食べるほかの動物に比べて早すぎる。(木の消化には"真の木食者"であるシロアリで24時間程度、ヤマアラシで34時間程度かかる)

・木を食べるプレコも繊維分の消化率は30%に満たない。"真の木食者"であるヤマアラシであれば同様の条件で70%は消化できることを考えるとこれは低すぎる。実際、木だけを与えて飼育すると体重が減る。

・また木食動物の消化管内容物に見られる、微小な粒子を保持したり、かき回したりする機能もプレコは持っていなさそう。

・木を食べるプレコの消化管の内容物を見てみると、デトリタスも結構入っている。これは腐食した木の隙間に入っているデトリタスを食べているということではないか。

というわけで(木を食べる種類の)プレコはちょっとは木を消化できるけど、メインは木にくっついたデトリタスを栄養にしているという食性なんじゃないだろうか。

以上が内容です。

僕の感想

どうやら『プレコは木を食べる』は言いすぎなようです。

でもちょっとは木を消化できるみたいだし、なにより木をかじるのが好きそうなのでプレコを飼う時は流木を入れようと思いました。
ただ表面にデトリタス(藻類とかの有機物)がくっついていない木をかじらせるのは食性を考えると可哀想なので、別の水槽にしばらく沈めて汚した流木を与えようと思います。

*1:下記の論文にも、ごく一部の昆虫、軟体動物のごく一部、哺乳類の2系統などしかいないみたいに書いてある

*2:川底の有機物を食べる習性