『鍵』
今日は言葉の工作をしました。テーマは題名と同じ『鍵』です。
『鍵』
カチャリ。
鍵をかけて部屋を出る。
自然な動作。いつもの風景。
しかし僕は疑問を感じる。なぜ鍵をかけるのか。
『鍵をかけておかないと中のものを盗まれてしまうじゃないか』
たしかにその通りだ。まったくもって正しい。
ただ、そこに僕は疑問を感じる。
たぶん大昔誰かが他人のものを無断で使ってしまったんだろう。
もしかしたらそれは単純な勘違いだったのかもしれないし、故意だったかもしれない。
しかし無断で使われた人は納得できなかった。
勘違いにせよ、わざとにせよ我慢ならなかった。
とにかく彼は知恵を絞って『鍵』というものを考え付いた。
鍵さえあればもう彼のものを勝手に使うことはできない。
おそらく、大きな鍵のついた箱か何かを作っただろう。彼はなんでもそこに入れた。
装飾品、食料、狩りの道具、衣類、食器、薬草、祈祷のための偶像。
しかし、鍵を作るのにはけっこう時間がかかっただろう。
彼は鍵を作るために、狩りを数日休んだかもしれない。
あるいは薬草摘みを休んだのかも。
とにかく、彼は少しの間だけ休むことを余儀なくされた。
狩りを休んだせいで、彼の鍵付きの箱に入る財産は少しだけ少なくなってしまった。
でも彼は気にしない。
だってもう勝手に使われることはないんだから。安心にはかえられない。
これも鍵のおかげ。
『こいつはすごい』彼を見た友人もそれに倣って鍵を作っただろう。
みんなが狩りを休んだから、みんなの財産も少しだけ少なくなった。
槍を作るための金属を鍵にしてしまったから、狩りも少し不便になった。
でも気にしない。安心だもの。
みんないろいろな鍵を作った。
家の鍵。家畜をつなぐ鍵。水を入れたカメの鍵。
鍵を作るたびに狩りを休まなくてはいけなかった。
だから少しだけ鍵の内側に入るものは少なくなってしまった。
でもみんなは満足。だって安心だもの。勝手に使われることに比べたらどうということはないはず。
そして長い、長い時間がたった。
あるとき誰かがふと思った。
『いままで鍵を作るのに費やした時間と材料と知恵を他の事に使っていたら、勝手に使われてもなお余りある食料や服が作れたんじゃないだろうか』
遠い遠い昔から少しずつ少しずつ。
鍵をせっせと作ってきた。時間と労力を使って。
遠い遠い昔から少しずつ少しずつ。
鍵のために諦めてきた。食料を。服を。時間を。
カチャリ。
僕は鍵をかける。
だって安心だもの。