『死後』

『霊は存在するのです。そうあなたの近くに』

 ばかばかしい。オレは吐き捨てるようにテレビのスイッチを切った。

 最近の『スピリチュアル』とかいうブームを見ているとイライラする。
うさんくさい自称『セラピスト』が何も分かってなさそうなタレントに前世や先祖を霊視するところを見るとたまらない。大声でそのセラピストのインチキを暴いてやりたくなる。


 まったく、そもそも霊なんて存在するわけがないじゃないか。ヒトの意識は脳によって実現されているんだ。脳を構成するシナプスネットワークこそ意識の本質だ。無数に絡まりあったシナプスの連絡網が作り出す電気シグナルと、それによって制御される肉体の振る舞いが意識として現れるんだ。当然、脳が破壊されれば意識も消えてなくなる。単純な事だ。全く霊なんて信じる奴の気が知れない。

 オレは身支度をすませると家を出た。

ドンッ!

衝撃が体に走る。体が宙に浮いた。

なぜ?

ああ、車が見える。轢かれたんだオレ。こんな近所で・・・

地面が近づく。

何も見えない・・・


『起きてください。こっちですよ』

気がつくと見知らぬ男が目に前にいた。スーツを着たサラリーマン風の男だ。そして不思議な事に目の前にはその男しかいなかった。空も地面も、およそ景色といえるものは何もなく白い空間が広がっている。その中にただその男だけがいた。

『お前誰だよ?』

オレはとっさにそう言葉を発した。しかしどうも様子がおかしい。自分がいる場所もそうだが、体も変だ。車にひかれた記憶はある。しかし体がどこも痛くない。おかしい。全く普段通りだ。
 状況を飲み込む暇もなく、その男が答えた。

『私ですか?なんていったらいいんでしょう。う〜ん、キリスト教徒の方でしたら天使だって名乗るだけで話がスムーズにすすむんですが、あなたは無神論者でしたよね』

『は?天使だって?おもしろい事いうね。じゃあここは死後の世界ってわけだ!』

どいつもこいつも笑えないジョーク言いやがって。

『お、分かってるじゃないですか。それなら話は早いです。早速説明させてもらいますね』

『まてまて。ジョークだって、ジョーク。本当に死後の世界な訳ないだろ?本当の事を言えよ』

『あ〜、ご自身が死んだ事をまだ受け入れていないのですね。心中お察しします。しかしですね・・・』

こいつは何を言っているんだ。

『いやいや、違う。そうじゃない。俺が聞きたい事はそういうことじゃないんだ。オレが仮に死んだとしても死後の世界なんてものにくるわけがないだろ。だからはぐらかさずここがどこか言えっていってるんだ』

『やはり無神論者の方には説明をしないといけませんね。大丈夫です。きっとご理解いただけますから。質問を返すようで悪いのですが、なぜ死後の世界がないとお考えですか?』

『そりゃあ簡単だ。人間の意識は脳によって実現されているんだ。だから脳が壊れれば意識も壊れる。死後の世界なんてありえないんだ』

『なるほど。それはちょっとした誤解ですね。人の脳というモノはいってみれば受信機のようなものなのです。シグナルを受信して変換するだけで、実際の意識を実現するシステムは脳の外にあります。最近のたとえですとサーバーとウェブブラウザの関係といってもいいかもしれませんね。もちろん脳がブラウザです。サーバーは俗に『神』とか呼ばれてるようですね。個人の意識というのはその『神』で実現されていて、シグナルを介してその結果だけを脳に結果を送信しているという事です』

『まてまて。科学がここまで発達してるんだから、もし仮に脳にシグナルを送っているとしたらその電波なり粒子なりが発見されてるだろ』

男はすこし困った顔をした。

『そういえばまだ見つかってはいないようですね。でも、たしかあなたの世界では存在してもおかしくない重力子とかヒッグス粒子とかも見つかっていないですよね?それにタキオンもまだ見つかっていない。脳にシグナルを送るものが見つかっていなくても不思議ではないと思うのですが。実際にあるわけですし』

オレはイライラした。

脳科学研究はどうなる?脳の特定領域を破壊すると特定機能がなくなる事が分かっているじゃないか。たとえば言語野を損傷すれば失語症になる。明らかに脳が機能を担っている証拠じゃないか』

『そのお話ですか。そうですねこういう例えではどうでしょう?テレビの信号は映像を表現するシグナルと音声を表現する信号が重なったものです。もし仮に音声シグナルを受け取る部品を壊したら、音声が聞こえなくなるのは当然の事ですよね。でも音声が聞こえないからといって音声シグナルがなくなったわけではありません。音声が実現できないのはシグナルを受け取れないからです』

『確かにそうかもしれんが・・・じゃあ何か?脳科学神経科学は全く見当違いだって言うのか?』

『いえいえそんな事は申し上げていません。脳科学は素晴らしいと思います。ただそれはテレビを分解するのと同じですね。機能をどう実現するかは分かるかもしれませんが、バラエティ番組を映す事はできません。脳をいくら調べても意識の主体は見つからないです。どうです?納得されましたか?』

おれは釈然としなかったがとりあえずうなずいた。

少し安心した様子で男は話を続けた。

『それでは肝心の説明をさせていただきます。まずは通称『天国と地獄』システムの説明から・・・』

まったく突飛なことが起こるものだ。人生って奴は。

まったく。