『投票』

 「もうすぐ誕生日だね。何か欲しいものはある?」

 「ん〜。特にないな」


 「そうなの?でも何かあるでしょう?服とか、アクセサリーとか、おいしい食事でもいいよ」

 「そういわれてもなー。やっぱりない」

 「そうなんだ。僕は欲しいものがいっぱいあるから分からないな。なんで欲しいものがないの?」

 「たぶん怖いからだと思う」

 「怖い?なにが?」

 「例えば私がバッグを手に入れたとするでしょう?そうするとそのバッグは人気があるってことになるからもう一度作られると思うの。でも私はそのバッグがどうやって作られたものか知らない。もしかしたらそのバッグはどこかの国で5歳の男の子が無理矢理作らされたものかもしれない。もし私がバッグを買ったらその男の子はまた無理矢理働かされることになるわ。私は男の子を無理矢理働かせてしまうかもしれないことが怖いの」

 「そうかもしれないけど・・・ 高級なバッグは職人さんがちゃんと作ってるから大丈夫だよ」

 「たしかにバッグを作ってる人はちゃんとした職人さんかもね。でもそのバッグの革をなめした人は?糸にロウをひいた人は?高いアクセサリーだって紛争地から密輸したダイヤで作られることもあるのよ。どこで『5歳の男の子』が働かされてるか分からないわ」

 「そうも考えられるのかな・・・でもそれはどうしようもないことだよ。僕たちではどうしようもできない。それにバッグが売れるから職人さんに仕事ができるわけだし」

 「そうかもしれない。でも私はいやなの。自分が生きるだけなら特にバッグは必要ないわ。だからあえて欲しくないの。それに仕事だからってやっていいことと悪いことがあるわ。昔の炭坑で石炭を掘ってた男の子たちはほとんど20歳まで生きられなかった。もしあなたがそんな仕事に就いているなら私は止めるわ」

 「そうか。わかったよ。でも僕は何か贈りたいな。どうすればいい?」

 「ただ一緒にいてほしいな。『時間』を贈ったと思って。その贈り物は5歳の男の子に作れないものよ」