『箱庭』
テントの中の静かなひととき。ランタンの明かりがぼんやりと手元を照らす。
僕はグリースを引き寄せて黙々と作業を続ける。
この銃は弾が詰まりやすい。僕のだけじゃなくみんなそうなんだそうだ。このモデル自体がそういう宿命を背負っているのか,あるいは銃が古すぎるか。
どちらにしろ撃てれば問題ない。あるいは撃てなくても・・・
『誕生日おめでとう。よく覚えてるだろう?』
同僚の安田がテントに入ってきた.
『誕生日か。この戦場でそんなことどんな意味があるっていうんだ?』
僕は顔をあげない。
『金曜のカレーみたいなもんだ。日付感覚を維持するための合理的装置だよ。一年経ったっていやでも分かる。お前ここにきてどれくらいだっけ?』
『3ヶ月目だ』
グリースを銃に染み込ませる。
『ほらな。さっと答えられただろ。誕生日がなかったらそんなにすぐには答えられないさ』
布でうすくグリースをのばす。
『まあそんなもんかもね』
布が銃の上をすべる。
『ところでお前の銃調子どうだ?オレのは相変わらず弾詰まりがひどい』
『僕のも同じだ。まあ先の大戦のものだから仕方ないさ。もう一世紀前近い。撃てるだけで御の字だよ』
『たしかに形を保ってるだけでも奇跡かもな。まあいいや。オレはもう寝る』
安田はそのまま折りたたみベッドに倒れこんだ。
僕は作業に戻る。明日のために。
急に安田がつぶやいた。
『まああれだ。84歳の誕生日おめでとう。オレの年までは生きろよ』
『ふん。ごめんだよ』
それきり安田は黙った。
僕たちは今戦場に生きている。
死ぬためにつくられた『箱庭の戦場』に。
人はいつまでも変わらない。兄貴は3年間介護された後、『安らかに』死んだ。彼にとってそれはいいことだったのかもしれない。
でも僕はベッドに横たわって人工呼吸器と添い寝しつつ衰弱して死ぬなんてごめんだ。
だから銃をとることにした。同世代の何人もが同じ理由で銃をとった。
海の向こうの何人かも同じ理由でも銃をとった。
みんな『死』が欲しかった。自分の望む『死』が。
そして海の上に『箱庭の戦場』ができた。ここでは武器も人も戦略も進化しない。時間の止まった戦場。
『安らかな死』はない。
でも惨めな死もない。
あるのは『名誉の戦死』だけ。
明日の朝には新兵がくる。半数は車いすに乗っていることだろう。
突撃の号令。機銃の掃射。それで終わり。
新兵はほとんど生き残れない。
しかし彼らは死ぬことで尊厳を取り戻すのだ。
僕も取り戻そう。この箱庭で。明日こそ。