『勲章』
『ガンで死ねるなんて名誉なことだぜ』
そう彼はいった。
『野生のシマウマがガンになってみろ。ガンで死ぬ前にライオンに食われちまう。ライオンがガンになってみろ。ガンで死ぬ前にシマウマを捕まえられなくなって飢え死にしちまう。ガンで死ぬっていうのは人間様だけに許された特権よ』
彼は昔こうもいっていた。
『たばこ?オレはやめねえよ。高校時分から吸ってるんだ、今更やめられるかよ。ガンになる?上等だね。それで死ねるなら本望だ。だがな、お前はタバコ吸っちゃいけねえよ。タバコはからだに悪い』
彼が死ぬ半年前こう言っているのを聞いた。
『死にたくねえなあ。姉ちゃんに会えなくなるのはつらい』
でも彼は僕にはそんなことを一言も言わなかった。
彼はだんだん話さなくなった。話すことがつらそうだった。
ただ彼は死ぬ2時間前こう言った。
『見苦しかったら,切れよ』
そういって生命維持装置に目配せした。
たしかにガンは彼にとって名誉だった。
たしかにガンは彼にとって勲章だった。
そう、たしかに彼にとって。